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human Rights129号掲載
連載・部落解放運動は今
辻 暉夫(つじ・あきお 解放新聞大阪支局)

新しい風32

障害者の選挙権保障

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障害者の選挙権

 私ごとで恐縮だが、二年前の初夏、突然左目が網膜剥離になり、入院即手術となった。この病気、手術をうけてしばらくの間、ずっとうつむいていなければならず、私の場合は八日間、寝るのもずっとうつむせ、食事もトイレのときもだった。この間、ずっと考えていたのは、もし視力が回復しなかったら、ということだった。あれもできない、これも無理と悲観的なことばかり思い浮かび、果ては右目も危ないのではないかとまで考えたものである。

 生活上の不便さ、仕事に対する不安、将来のこと等々、色々と思いをめぐらせたのだが、まったく脳裏をよぎらなかったことがあるのを今年になって気づいた。それは障害者の投票権、選挙権のことである。選挙の権利保障の問題である。七月の参議院選挙について、障害者団体等が大阪府と大阪市の選挙管理委員会に、障害者の権利を保障するよう申し入れを行ったのを知ったとき、初めて気づいたのである。障害者には選挙の権利が実質的には保障されていないことが少なからずあることは、知識のうえでは知っていたのだが……。

 投票日の一ヵ月前の六月一五日、「障害者議員ネットワーク」「大阪にどんどん障害者の議員を、それいけの会」「障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議」「福祉運動・みどりの風」の四者が選管に申し入れた。等しく保障されているはずの「選挙における権利」が障害者については著しく侵害されているという現実がある。そこで 1.投票所のスロープ、手話通訳など投票権保障のためにどんな支援をしているか 2.身体障害者だけでなく知的障害者、精神障害者、難病患者などの投票権保障 3.点字の選挙公報だけでなく音訳テープも提供すべきだ 4.病院や福祉施設に入院、入所している人たちの選挙権行使についての支援体制の確立 5.障害者の選挙権行使についての府の市町村通達が「障害者への便宜供与」となっているが、当然の権利に対して「便宜供与」というのは間違っているなどを申し入れた。このうち 5.については後日、府は「便宜供与」を訂正する通達を市町村にだした。

 この取り組みを積極的に担ってきたのは「みどりの風」である。この組織は部落解放運動から生まれた。結成されたのは昨年一〇月。部落解放同盟大阪府連は昨年の第四四回大会で「部落解放のための新しい運動」を、まず福祉と教育の分野でスタートさせることを決定した。「少子高齢化」に代表される日本社会全体の大きな変化は部落においてより激しい勢いで進んでいる。この未曾有の大変化と部落解放運動の発展がこの「みどりの風」を生んだ。運動の発展とは、大阪府連が昨年の大会で強調しているように「部落問題を通してすべての人たちの権利をまもる運動へ」という視点である。

 大阪の各部落には障害者(児)組織、老人組合、母子父子家庭組織、作業所、社会福祉法人の施設など福祉にかかわる活動を展開している組織がある。それらと「みどりの風」はどうちがうのか。これまでの組織は当事者のみが参加対象だったが、「みどりの風」は参加を希望する個人・団体なら誰でもOK。部落内、外を問わない。将来は部落のある行政区全体、ない行政区を含めて市民を広く結集した運動になるよう目標をおいている。部落解放運動が追求してきた人権擁護を軸に、福祉運動を展開し、それを行政区全体、自治体全体、ひいては日本社会全体に広げていこうという遠大な目標をもっている。部落差別をなくすために、社会のあり方を問う闘いへと発展させていこうというのである。

選挙権にかかわる人権侵害

 「みどりの風」が障害者の選挙権保障を自らの問題としてとらえ、積極的にかかわってきたのはごく当たり前のことといえよう。「みどりの風」や大阪府連も取り組んだ「障害者の人権白書」(八月に発行)の中で、選挙権にかかわる人権侵害の事例として次のようなことが報告されている。知的障害者とその親がいっしょに不在者投票に行ったとき、係員が難しい言葉をつかって説明するので、親がゆっくりとわかりやすく説明しかけたら「黙っててください。一人ずつ説明することになってますから」と邪険にあつかわれた。あげくに、やさしい言葉で言いかえている親に向かって係員が「選挙違反になる」と声を荒げたというのである。

 画一的なマニュアルで、通りいっぺんの説明をするだけでは、投票権を保障したことにはならない。知的障害者の中には、わかりやすく言いかえる支援者を必要としている人もいる。この白書では「政見放送の手話通訳など障害者に対する配慮のないルールや仕組みが問題です。投票権をはじめ政治への参加は憲法で保障された市民の基本的権利の一つです。こうした認識に立って法改正や投票手続きの改定が求められるところです」と強調している。

 六月につづいて一〇月一三日、「みどりの風」と「障害者の自立と完全参加を目指す大阪連絡会議」は再び選管に申し入れを行い、話しあった。六月の申し入れで、投票所のバリアフリー調査を実施するように求めていたが、この日、同調査結果が明らかになった。大阪府内の全投票所一七五六カ所について調査が行われた。◆スロープの設置  1.入り口部分=二センチ以上の段差がある…一四四八カ所(全体の八二・八%)このうちスロープが設置されている…六五一カ所(四五%)、設置可能九八カ所、設置不可能六九九カ所 2.建物内の状況=段差がある…五七〇カ所(三二・五%)。このうちスロープが設置されている…一四一カ所、設置可能六一カ所、設置不可能三六八カ所◆投票所が階上または階下にある…三〇カ所(うちエレベーターがあるのは一〇カ所)◆設備や人員配置等の状況=車イス用投票台あり七四・三%。点字器あり一〇〇%。弱視の人のための拡大器あり四・七%。車イスあり二六・五%。介護員あり五〇・三%、手話通訳者あり〇・五%、障害者にどんな支援をしているかについて入り口に掲示あり七三%。

 この結果について、すべての障害者が投票できる状態になっていないことが明白になったとして、両選管は各市町村選管と連携して、年内までに問題のあった投票所名を公表するとともに、来年四月の統一自治体選挙までに具体的な改善策をとるよう要請。両選管は積極的に取り組んでいくことを確約した。また、介助する人がいなくては投票権を保障できない場合は、介助者・支援者らの"応援"を積極的に受け入れていくことが重要だと提起した。「住民参加で投票所のバリアフリーを」という運動である。

 また手話通訳者や介護員、車イスや拡大器など投票所での人員配置、設備について 1.介護員らの研修は行われているのか 2.全投票所に手話通訳者を配置できないのか 3.拡大器など障害者の具体的なニーズに応える設備が大切であるなどの意見がだされ、選管側は障害者の投票を守るという視点から、年内までに考え方を示したいと回答した。

 また六月に申し入れていた音訳テープによる選挙公報について、府選管は活字版とほぼ同じ時期に提供できるとのべ、統一選までに必要な人すべてに提供できるよう検討すると明言した。

 一方、四〇人以上が利用している福祉施設、病院にはそこで不在者投票ができる指定投票所という制度がある。しかし活用していないところが多く、また四〇人未満の施設に関しては何の制度もない。また投票所が設置されているところでも、施設長や病院長が管理責任者、投票の立会人も管理責任者となっているところが多い。このため入院、入所者が自由に投票する権利が侵害されているという報告が多いことを指摘。各施設内の不在者投票の実態を公表し、改善していくよう求めた。「みどりの風」と「大阪連絡会議」はまた、大阪府病院協会、大阪精神病協会、大阪社会福祉協議会にも近く申し入れを行い、すべての入院・入所者の選挙権保障に関して見解を求めることにしている。

誰もが安心して暮らせる社会へ

 バリアフリーの社会は、障害者だけでなく、すべての人にとって住みよい社会である。バリアフリーを実現するためには、段差の解消等々、ハード面の問題が依然として大きい。と同時に、あるいはそれ以上に重要なのは人びとの考え方だ。「障害者が安心して暮らせる社会はすべての人にとって安心して暮らせる社会である」という考え方を、どれだけ多くの人が自分のものにできるかである。私が目を手術したとき、不安になったのは、もし目が不自由になったら、生きていくのは大変だ、生活が大変だということを現実の生活を通して知っているからだ。まだまだバリアフリーの社会ではないと実感しているからこそ、不安も大きかったのである。それが我が身に起こって初めてわかった。自分の認識不足を恥じざるをえない。

 「バリアフリーの社会実現はすべての人にとっての課題」ということはわかっていても、行動にうつすのは容易ではない。障害者の選挙権保障の取り組みはその一歩である。