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書 評
 
評者西村寿子
研究所通信248号掲載
部落解放・人権研究所編

続・部落史の再発見

(解放出版社、1999年4月、46判264 頁、定価2200円+税)

----------------------------------------------------------------------------- 『部落史の再発見』刊行から3年。その続編が出版された。前回も日本史の見直し、部落史の見直しに即して20名の研究者から30余りのテーマで寄稿していただいた。幸い、好評を得て判を重ねてきたが、今回はより幅広く、33名の日本史あるいは部落史研究者から36のテーマについて、最近の研究動向を踏まえて各研究者の問題意識にそって興味深い原稿をいただいている。

 近年、日本史の概念そのものについて積極的な発言をされている網野善彦氏も「列島社会像の再発見へ」と題して、岩波新書から出された『日本社会の歴史 上・中・下』に寄せて、従来近代的な国民国家を形成する政策のもとで「日本国民はきわめて歪曲された歴史像ー神の子孫天皇の統治する均質ですぐれた『大和民族』という意識、また非常にいちめんてきな社会像ー海によって周辺地域から隔てられ孤立した島国の中で、水田を基本とした農民が圧倒的多数を占める農業社会と見る見方を、国家的な教育によって刷り込まれ、その中で根拠のない思い込みにみちみちた自己意識を持つようになったのである」(本書9頁)とし、そうした思い込みを背景に周辺諸国やアイヌ・琉球の民衆に甚大な被害を与え、自らもおおきな被害を蒙った、と国家政策に誤った歴史像が与えた影響について述べられている。

 そして、そのような「常識」ともいえる歴史像を克服していくことは困難な道であるが、21世紀の日本と日本人が誤りなく生きていくためになすべき歴史研究者の任務であると、網野氏は歴史研究の責任について言及している。

 そのためには、公式ではなく豊かな事実の中から新たな歴史像を構築していく必要があるが、「部落史の再発見」という作業もそのような文脈の中に位置づけて捉えることが必要だろう。

 今回は、近世に「えた」身分とされた人々にとどまらず、女性や職人、芸能者、「夙」「ささら」「タイシ」「巫女」といったさまざまな被差別民についての論考や部落史そのものについてあらたな観点からの論考も数多く頂だいした。 

 筆者の歴史観によって全体にはさまざまなハーモニーを醸し出していると思うが、ぜひ、多くの方に読んでいただければ幸いである。