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研究所通信247号掲載
松下一世

子どもの心がひらく人権教育―アイデンティティを求めて

(解放出版社、1999年3月、46判185頁、1700円)

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 「人権教育」を「同和教育」とはまったく別物として線引きする風潮に対して、本書はきっぱりとNOと言いきっている。しかも、それが小学校教員としての実践に裏付けられているだけに説得力がある。

 これまで「同和教育」が、部落差別以外の様々な差別と人権の問題の学習を援助してきたということ以上に、教室の仲間との関係のなかで、子どもたちが教室外の生活も含めて自分自身をみつめ、表現し、互いに豊かな関係を結んでいけるよう援助してきたこと。そのことこそ、まさに日常的な人権教育の実践を積み重ねだったということを、これまで同和教育研究の分野ではあまり見られなかった心理学的手法を用いて明らかにしている。

 即ち、同和教育がこれまで大切にしてきた、「生い立ち」や「生活」を見つめること、自らの社会的立場を明らかにすること(立場宣言)を、心理学でいう「自己洞察」「自己開示」という視点でその成果と課題を分析している。

 子どもたちが本当の意味で人権を理解するためには、机の上の学習や最近では「流行」ですらあるワークショップだけでは不十分である。というよりも著者は、子どもたちの間にしょっちゅう起こる衝突やすれ違い、いじめ、喧嘩……そんな「生の教材」がいくらでもあるのに、なぜあえてワークショップの方法を用いるのかと問いかける。

 本書の事例には様々な子どもたちが登場する。子どもたちは仲間を求めながらも、それをうまく表現するすべを知らずに、相手を傷つけてしまったり、自分の殻に閉じこもってしまったりする。そのような行動にいたるまでにはその子なりの心理的な必然性がある。しかし、その行動が自分自身に対する自信のなさや、自分を表現できない苦しみから来ていたりすることを、子どもたち自身も理解できていないことが多い。

 そのことに子ども自らが気づき、自分の気持ち・願いを表現できるよう、教師が働きかけ励ますことで、子どもたちは自分の心のわだかまりを解き、仲間の気持ちを理解し互いを認めあう心の余裕を持つことができるようになる。

 子どもたちの心理に光を当て一人ひとりの心の動きを丁寧にみつめることとの重要性、「べき」論ではない、人権を「大切にする・される」関係とはどんなものなのかの体験的理解を助ける実践は、これまで同和教育が大切にしてきたことの核にあるし、人権教育にとっても基礎であるべきだというメッセージがストレートに伝わってくる。