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書 評
 
評者芝山明義
部落解放研究133号掲載

神原文子著

同和地区における子育ての現状と課題に関する実証研究

(1999年3月、A4判、279頁)

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 本書は、相愛大学教授神原文子さんにより1996〜1998年度文部省科学研究費補助金による調査研究の報告書として刊行されたものである。

 著者はすでに『同和地区一般地区との比較による子どもたちの現状と子育ての今日的な課題―21世紀・高度福祉社会を実現する解放教育をめざして―』(『部落解放研究』第116号(1997年6月)に高田一宏さんによる書評が掲載されている)を刊行されており、本書は内容の点でその最終報告にあたる。

 ただし、本研究のための新しい調査データを用いた分析がなされており、先の報告書で検討された課題がさらに発展されて論じられている。

 本書の構成は

「同和地区の子育てと親子関係に関する実証研究の現状と課題」「子どもたちの学習理解度と学習状況」

「学習理解度・子の進学希望・親の進学期待」

「子育て文化の継承と変容についての地域格差」

「家族の階層類型にみる子育てと親子関係」

「高度福祉社会と生活実現」

「生活実現 力と生活状況および親子関係」

となっている。

 このように検討された課題は多岐にわたるので、それらを〈子どもの学習理解度に関する諸要因の分析〉と〈子育て文化と社会階層の関連に関する研究〉という2つの主要な課題に集約し、研究の発展として示された「生活実現力」の概念もこれらとの関連で取り上げることとする。


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 調査の概要 本書のもととなった調査は、同和地区に関しては1995年10月から1996年2月にかけて、大阪市内4地区、府下9地区の小学5年生から中学3年生の子どもと両親、1,674組を対象に実施され、有効回収率は43・5%で回収数728組である。

 また、一般地区に関しては1996年11月から1997年1月にかけて、大阪市内・府下の全域より、子育てネットワークの市民グループなどの協力を得て、その会員とその友人・知人から小学5年生から中学3年生の子どもと両親1,000組を対象に実施され、有効回収数は781組、回収率78・1%である。一般地区に関しては「結果的に子育てに関してかなり意識が高く、また、階層的にも相当高いほうへ偏ることとなった」(35頁)と断られている。


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 調査内容として、子どもには、家庭での日常生活、親子関係などの家庭環境、両親についての評価、「生活実現度」、自己評価による学習理解度などについて質問されている。また、父親と母親には同じ内容で、子育ての現状、子育てに関する意識・行動・評価、現在の生活評価、子ども時代の家庭生活、階層要因などについて質問されている。

 調査項目の設定に関して今回の調査研究では、現代社会における社会化課題として「生活実現力」という概念が新たに示され、先の研究で子どもの教育目標とされていた生活自立力は、その構成要素である「生活自立度」として位置づけられている。生活実現力は生活自立度とともに「自尊度」「将来目標」「サポート・ネットワーク」によって構成され、今後の高度福祉社会において必要とされる力として、めざすべき教育目標として構想されている。

 同和地区の子育ての現状と課題を検討するにあたり、本書では子どもたちの「学力問題」の解明とそれへの対応という実践的な課題が大きく取り上げられている。と同時に、問題への切り口として、著者の専門領域である家族社会学の知見をふまえて、これまでの「社会階層と教育」に関する調査研究にはあらわれてこなかった同和地区の現状を明らかにすることにより理論的な問題も提起されている。以下では、この2つの面での注目すべき知見や新たな課題提起についてやや詳しくみておくこととする。

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学力問題へのアプローチ

 まず、同和地区の「学力問題」については、これまでなされてきたいくつかの調査研究と同様に、学習理解度を規定している要因としてとくに学校外での学習時間が同和地区で相対的に短いことが注目されている。

 しかし本書ではこれにとどまらず、さらに、では何が子どもたちの学習時間を決める要因となっているのかを検討することの重要性を指摘し、学習への意欲、その背景にある進学希望、両親の進学期待などとの関連が詳細に検討されている。

 注目すべき調査結果として、両親が高卒程度の場合に子どもへの進学期待に同和地区と一般地区との間に差が生じていること、そして一般地区では保護者の進学期待が子どもの進学希望を引き上げる効果をもっているが、同和地区ではそれが子どもの進学希望を押し上げるように作用していること、学習理解度の状況によって進学期待のおよぼす作用には違いが生じることが論じられている。


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同和地区と一般地区における社会階層と教育

 次に、同和地区にみられる子どもの学習状況や親の教育意識などを、これまでの社会階層と教育に関する研究で論じられてきた社会階層要因に由来する問題として解釈できるのかどうかについて、すなわち、同和地区の問題を階層の低さの問題とみなせるのかどうか、だとしたらそこに一般地区における社会階層の問題と違いがあるのかどうか、について本書ではこれまでの社会的・文化的再生産論を検討して、その検証を試みている。

 なかでも文化的再生産論を「子育て文化の継承と変容」という視点からとらえ、現在の親の子ども時代の育てられ方と現在の育て方の関連が検討されている。

 同和地区における子育て文化の気になる特徴として、2世代を通じて権威主義・保守的な子育て観が根強く、それが人権重視の子育て観と自主性重視の子育て観と並存している点が指摘されている。

 さらに、地区内の階層分化という現代的な状況をふまえて、両親の学歴、職業、各々の家計収入という同じ階層指標を用いて同和地区と一般地区の各々の家族を単位としたいくつかの社会階層に類型化し(父子家庭、母子家庭も含む)、それらの間の違いが検討されている。

 これに関していくつか注目すべきことは、抽出されたタイプには地区間で同様と見なせるものとともに、異なった類型として考えなければならないタイプが見られることである。

 例えば、父親が同じく大卒であっても就業している職業に差異があり、同和地区ではマニュアル職が多く一般地区ではノンマニュアル職が多いこと、同和地区では高卒以上で無職の母親は少なくほとんどが就業しており、家計収入が同水準であっても無職の母親の多い一般地区のマニュアル層とは構成が異なっていること、などである。

 教育意識に関しては、今日親の教育重視の意識は階層平準化の傾向を示しているが、地区ごとに異なった様相を呈し、一般地区では進学期待や教育投資が高い方へ平準化している一方、同和地区内では分化する状況もあらわれてきてはいるとしつつも、「同和地区におけるこれまでの学力向上の取り組みが、保護者の教育重視の意識を高め、子どもたちの高校進学率を高めてきたと同時に、地域ぐるみの取り組みゆえに、結果的に、子どもたちの学習への取り組みや保護者の学習支援において、地域としてのなれ合い的な「低位横並び」姿勢をも作り出してきたのではあるまいか」(171頁)との指摘がなされている。

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 本書は、同和地区において高校進学率に比して高等教育への進学率が伸びないなどの今日的な課題にたいして、一方で家族個々人の意識とその関係を丹念に見ることで家庭の文化を子育て文化としてその特徴をとらえていること、同時に社会階層との関連で同和地区と一般地区との階層の成り立ちの違いを検証し、その分化のしかたや教育意識の平準化のあり方に違いを見出されていること、など、これまでに実践上、研究上の課題として指摘されてきた事柄を独自の視点で真正面から検討し、同和地区の子育ての特徴に理論的な整合性をもった解釈を提示されている。

 しかも、それを単に同和地区の問題状況と見なすのではなく、例えば今回の調査対象となった一般地区の子育てにおいては、親の進学期待が時に過剰に子どもたちの教育意欲を高めていることの問題や、学校外での学習時間が学校教育における教育達成を規定している点について、逆に現在の学校教育で設定されている目標が学校での学習だけではこなせないものとなっていることなどの問題性も指摘されている。

 本書では家庭の子育てに焦点があてられ、学校教育の課題について具体的には論じられてはいないけれども、「生活実現力」という総合的・長期的な教育目標を解放教育の基本的な方向として示されたことによって、学校と家庭、地域が連携して子どもたちの教育と学習を支えていくというこれからの教育システムの構築のために、とくに学校教育においては何が最低限取り組まれるべき課題であるのかを考える視点をも説得的に示している。