Home書評 > 本文
2003.10.15
書 評
 
評者熊谷愛

自己実現・社会参加への誘導要因
効果的な成人教育の企画・運営のためのケーススタディ

部落解放・人権研究所編、A4判96頁頒価1000円+税

  本報告書は、2002年度事業として部落解放・人権研究所成人教育部会によって取り組まれた研究プロジェクトの報告書である。本プロジェクトは地域に根ざし、教室の中の学習にとどまらない一人ひとりの自己実現、さらには社会参加へとつながる広がりをもった成人教育をめざして、効果的な取り組みをするための企画・運営のあり方に理論と実践の両面からアプローチを試みた。

  報告書の前半は「1 理論研究」編、後半は「2 事例研究」編という構成になっている。

  理論研究編は、総論から各論へという流れになっており、まず、日本では社会教育、生涯学習といった概念に比べまだ一般的でない成人教育の概念について、近代の労働者教育・民衆教育の歴史から説き起こし、さらに成人教育の内容・方法・教育者の役割・学習理論について整理した総論「1.成人教育の概念と理論」から始まっている。

  次に、成人教育学におけるプログラム計画理論について、アメリカで主流を占めるノールズのニーズ至上主義的モデルから、それに反論する立場から提出された相互作用的モデルや計画者の意図を重視するモデル、それらの研究を下敷きにした日本の研究動向まで紹介する「2.成人教育のプログラム計画理論について」が展開されている。

  理論研究の後半は、より現場体験に基づいた参加型学習に関する考察である。「3.成人教育における学習の実際」では、方法としての参加型学習において忘れられがちなと「場の強制力」と「ファシリテーターの権力性」の側面に着目し、「4.体験的コーディネーター論」では、参加型学習におけるファシリテーターの役割を学びの場に関わる様々な役割との関係のなかに位置づけ、地域の課題から学びの場をつくっていくファシリテーターの具体的な仕事について、実際の学習プログラムの流れのなかで整理している。

  事例研究編は、講座形式による実践から、より広い社会的文脈のなかで地域参加と一体化した実践へという流れで構成されている。

  「1.講座参加者から学びの場づくりのコーディネーターへ」では、京都府亀岡市の3年にわたる人権セミナーのなかで人権教育・企画グループ「プロセス」が育っていった過程について、具体的な場面描写を通して描く。「2.大阪市の女性学級について」では、小学校区を基礎とする単位女性会ごとに取り組まれている地域女性学級を中心に、大阪市の女性学級のシステムと、地域の課題をもとに企画・運営まで自主的に進められる6〜7回の学習プログラムを紹介する。

  事例研究編の後半3つは、形としては明確に学習形態をとらないものを含め、まちづくりとしての性格を強く持つ実践である。「3.豊中市立泉丘小学校内にある公民分館のサークル活動」は、震災を契機に生まれ、小学校の授業支援や中学生とのバリアフリーマップづくりなどを通じて、地域と関わる公民分館のボランティアサークル活動について、「4.釜ヶ崎における成人教育活動」は、教育を通したまちづくりの位置づけで、野宿者への福祉の実践と並行して取り組まれた元野宿者のための「識字」や「生きがいづくり」を支えるボランティア養成講座について、「5.滋賀県甲良町の『せせらぎ遊園』のまちづくり実践と学び」は、農業の町として重要な位置を占める「水環境」を軸に、部落を含む町ぐるみで取り組まれたまちづくりの実践と学習について、紹介する。