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2004.07.28
書 評
 
評者李嘉永

コンプライアンスの知識

高巖著、日本経済新聞社刊、2003年12月、新書判、217頁定価860円(税別)

  昨年来、企業の社会的責任(CSR)を促進する動きが、国際的にも、日本国内でも、大きなうねりとなっている。とりわけ、国際標準化機構(ISO)においては、社会的責任に関するマネジメントシステム規格についての議論が本格化しており、また、欧州連合においても、マルチ・ステークホルダー・フォーラムでの論議が一旦終了し、新たなCSR政策の策定に向けた作業が進んでいる。

  このように、各企業に対して、CSRを経営に位置付けることが求められているが、本書は、このような流れを受けて、いかにしてコンプライアンス(法令順守)体制を効果的に導入し、運用するかを極めて簡明に解説するものである。

  前半の二章では、「なぜコンプライアンスに取り組まなければならないのか」が、企業活動を取り巻く今日の状況を踏まえつつ、解説されている。著者がまず強調するのは、行政改革に伴って、行政サイドから企業の自己責任体制の構築が求められている点である。企業に対する行政の指導・事前調整が、官財癒着の主な要因であったこと、そして、企業規制のあり方が事後チェックへと転換し始めていることを指摘している。一般に挙げられる企業不祥事の頻発と並べて、重要な要因とされており、このことは注目に値しよう。

  その他、公益通報の続発や消費者代表訴訟制度の導入を求める動きなど、市場サイドや企業内部から企業のインテグリティ(integrity:誠実さ)を追求する動きが指摘される。企業不祥事の問題に関していえば、第二章の大半を費やし、いかに重大なリスク要因であるかが解説されている。この各ステークホルダーに即したリスク要因の整理は、改めて誠実な企業経営の重要性を想起させる。また、コンプライアンスを進めることが、競争力向上に資するという点も述べられており、特に管理コストの軽減が可能となるとの説明は、財務上直結する点であることから、重要な指摘であると思われる。

  後半の三章では、コンプライアンス体制を導入する手順が、マネジメント・プロセスのサイクル(Plan-Do-Check-Act)に即し、いくつかの著名な事例を挙げて説明されている。執筆順に即して言えば、(1)守るべき社内基準や手続きの作成、それを具体的に展開するための実施計画の策定、(2)コンプライアンスを徹底するための責任体制と教育研修、(3)問題把握と解決を目的とした社内コミュニケーション、組織自身によるモニタリング活動、について、述べられている。このような一連のコンプライアンス体制導入の作業に関わって、著者が重視するのは、真に実行可能であること、である。

  コンプライアンスという取り組みが、多分に倫理的な要素をもつものであることから、往々にして広報的な観点から、崇高な理念を強調しがちである。しかし、具体的な実践に結びつかず、却ってこれらの価値観に反する結果が生じた場合、企業のブランド価値が低減することとなってしまう。したがって、各企業が実際の事業を通じて実現しようと考え、かつ実現が可能な形で導入することの重要性が強調されているのである。

  新書という性質上、極めて簡明ではあるが、本書はコンプライアンスの実践マニュアルのエッセンスが凝縮した好著である。ビジネスバッグに忍ばせておきたい一冊といえよう。