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2006.02.23
書 評
 
朝治  武

箕面市史改訂版編さん委員会

『改訂箕面市史 部落史』史料編III

(箕面市、2005年3月、A5判・949頁、頒価7,000円)

 史料集を書評することは困難であるのに、しかも部落史を対象とした自治体史の史料編となれば困難は通常の比ではない。通常であれば喜んでは引き受けないであろう史料編の書評に立ち向かう羽目に陥ってしまったのは、この書評など遥かに及びもしない困難を味わったに違いない編さん事務局を担った一人からの指名によるためである。といっても引き受けたことを後悔しているわけではなく、いつか今回の書評が自らの部落史研究に何らかの血肉になるであろうとの予感がしたからであった。

 史料編 III の本書は、第一部の近世史料編から第二部の近代史料編、第三部の現代史料編、第四部の実態調査編だけでなく、年表と非人番関係資料をも含む多岐にわたるものである。本書をもって『改訂箕面市史 部落史』は完結することになったが、すでに古代から現代にかけての通史叙述である一九九九年の本文編をはじめ、近代行政文書を対象とした一九九五年の史料編 I と二〇〇二年の史料編 II が発刊されている。これは一九九〇年の編さん事業の開始から一五年にわたるものであり、数ある部落史編纂のなかでも最も長期にわたるもののひとつであった。本文編こそ一般市民を対象として通史的な理解を可能ならしめる通常の自治体史に見られるオーソドックスなものであるが、『改訂箕面市史 部落史』に際立った特徴を与えているのは、本文編の基礎であるのみならず今後の部落史研究にも大きく寄与するであろう三冊の史料編であるといえる。

 本書を含む三冊の史料編は基本的に箕面市内に存在する北芝と桜ヶ丘という二つの地区を対象としたものであるが、史料の収録に関して時代・時期や内容において精粗があるのは如何ともし難い。すなわち地区内に残存する史料は極めて少なく、小規模部落であり事件が少なかったことから新聞史料もほとんどない状況であるが、幸いにして箕面市発足以前から整備されてきた行政および地域に関わる記録の集約的な収集・保存体制によって行政文書が多量に残されてきた。私からすれば、水平運動や融和運動、改善事業を対象とした戦前の行政文書を収録した史料編 I ・ II に強い関心があるが、必ずしも評価が定まっていないだけでなく、他の史料集には見られない戦後期全般にわたる部落解放運動と同和行政に関する多量の史料を収録した史料編 III である本書に注目したい。

戦後の部落解放運動と同和行政に関する史料は、一九四八年から二〇〇三年に及ぶ五五年間にわたるものである。とくに注目されるのが、部落解放運動と同和行政に関する多くの行政史料を収録したことである。一九七〇年代からの部落解放同盟と全国部落解放運動連合会との対立の大きな一つの論点は同和行政をめぐるものであり、箕面市においては部落解放同盟が影響力をもつ北芝地区と全国部落解放運動連合会が影響力をもつ桜ヶ丘地区において同和対策事業の進展に大きな格差が生じるという事態に至った。やがて一九八二年九月になって二つの地区は協議をおこない、協力関係を結んで箕面市当局とともに同和対策事業をおこなうことになった。

 この時の協議を記した史料215は、実に興味深いというだけでなく貴重なものである。まず桜ヶ丘地区の代表は「北芝と桜ヶ丘の住民は永い間差別のため苦労してきたいわば兄弟である。『特措法』以後北芝の環境は良くなり喜んでいる。しかるに桜ヶ丘は四〇年以降事業がストップしている。今後は北芝の人々の協力も得て、街づくりを推進してゆきたいので、よろしくご指導をあおぎたい」と発言し、北芝地区の代表からも「桜ヶ丘も部落ということで厳しい差別を受けてきており、我々も同じ立場としてこれを放置できない。運動論を抜きにして今後のことを話し合う姿勢である」との発言があった。部落解放運動の深刻な対立が同和行政のみならず地区住民に何をもたらしたかを知る者にとって、この史料ただ一点を読むだけでも本書の史料的価値の大きさが窺い知れよう。 ただ惜しむらくは、同和行政に関する史料に比して、部落解放運動を含む二つの地区内の諸動向に関する史料の少ないことである。同和行政の推進が部落解放運動にとって大きな課題であったことはいうまでもないが、地区内で取り組まれた多様な活動も部落解放にとって重要な意義をもっていたと考えられるからである。

 なお、本書は箕面市総務部総務課文書担当(直通電話:072-724-6706)への直接申し込みにより、本文編6,000円、資料編 I〜III 各7,000円で購入することができる(詳細については、http://www2.city.minoh.osaka.jp/SHISHI/home.htmlも参照のこと)。