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2008.07.30
書籍・ビデオ案内
 
Human Rights 2008年5月号(NO.242)
求められる人権救済制度の確立
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シリーズ いっしょに動こう、語りあおう 第7回

「青少年拠点施設検討プロジェクト」をはじめてもう1年

住友剛(すみとも・つよし 京都精華大学教員)

「今までのつながり」を大事にしたい

 前号にも書いたとおり、この「いっしょに動こう、語り合おう」シリーズは、部落解放・人権研究所の「青少年拠点施設検討プロジェクト」(以後「プロジェクト」と略)のメンバーが交代で執筆してきた。また、前号掲載の拙稿を除いて、大阪市立青少年会館(以後「青館」と略)の条例廃止・事業「解体」(2007年3月)以後、青館所在の各地区の子どもや若者、保護者・地元住民などの利用者がどのような状況に置かれているかについて、プロジェクトでの議論などをふまえて情報発信してきた。

 では、そもそも、なぜ、私たちがこのプロジェクトを始めたのか。今回はそのことを、座長としての私の個人的な思いを中心に述べておきたい。

 条例廃止・事業「解体」がいよいよ目前に迫った頃、私は大阪市内12カ所の青館全館を2日間でまわった。私は、兵庫県川西市・子どもの人権オンブズパーソンの調査相談専門員の仕事を辞め、今の勤務校に移った2001年秋以来、たとえば「ほっとスペース事業」(注1)やその準備段階の取り組みなどを通じて、大阪市内の青館とはいろんな接点を持ってきた。また、条例廃止前の青館では、勤務校のゼミ学生たちが、たとえばフィールドワークやインターンシップなどを通じてお世話になってきた。その2つのことについて、条例廃止前にきちんと各館をまわり、職員のみなさんにお礼の気持ちを伝えたいと考えていた。これに加え、「まだそこに子どもや若者たちが集い、顔見知りの職員がいて、会館事業を営んでいるうちに、行ったことのない館も含め、元気な青館の姿をこの目に焼き付けておきたい」という思いがあった。以上のことが、各館訪問を思い立った理由である。

 ところで、各館を訪問してあらためて顔見知りの方々と話すなかで、私はふと、「この人たちの生活が条例廃止・事業『解体』後、どう変わっていくのだろう? きっと、いろんな不都合や課題が出てきて、何らかの支援を必要とする場面が出てくるのではないか? 2007年4月以降のこの人たちの暮らしがどう変わるのか。それときちんと向き合いたい。できれば条例廃止後も、各館をまわってみたい」という思いを抱いた。このプロジェクトをはじめようと思い立った最初のきっかけは、このようなものであった。

 今にして思えば、その頃の私は、2001年から条例廃止等に至るまでの間、青館での諸事業を通じてお世話になった方々とのつながりを、たとえ事業がなくなったとしても「おわりだ」ということにしたくない、と思っていた。事業や条例がなくなったらつながりが切れて、つきあいが終わる。そんな人と人とのつながりというのは、どこかさみしい。本当にここでつながりが切れてしまっていいのだろうか、と思ったのである。

 また、条例がなくなろうが、事業が「解体」されようが、「そこに暮らす人びと」がいる限り、地元住民の青少年育成活動や何らかの学習・文化活動が営まれていく、あるいは営む必要があるのではないか。それを、今までのつながりの蓄積を活かしながら、新しい状況の展開にあわせて、どのように営んでいくのか。そのことを、地元の人びとや地元の人びとに協力しようとする人びとといっしょに考えてみたい。そんなことも当時、考えていた。

プロジェクト発足以後の経過

 2007年4月に入って、こうした私の思いを顔見知りの部落解放運動やNPOの関係者、元青館職員、研究者などに声をかけていくと、「いっしょに何か、やってみよう」という快いお返事を何人かの方から得た。また、その人たちとの意見交換を通じて、だんだん、青館条例廃止後の状況を継続して把握する部落解放・人権研究所のプロジェクトとしてのプランがまとまってきた。その後、プロジェクトは2007年6月の準備会合を経て、同年七月、大型台風接近中のある土曜日の夜に、住吉地区の条例廃止前後の様子を聞くところから取り組みを始めた。また、2007年8月を中心に、市内各地区の条例廃止前後の状況把握ヒアリングを行なった。その結果の概略は、すでに本連載第1回(注2)や『部落解放研究』にも書いた(注3)ので、今回は触れない。

 さて、2007年6月の準備会合から含めると、ほぼ月1回ペースで私たちは会合を持ち続けてきた。あるときはヒアリングのプランを練ったり、別のときは、ヒアリングの結果をめぐって、時間が足りなくなるくらい熱心に議論を積み重ねてきた。また、2008年に入ってからは、大阪市の人権施策推進審議会答申(2007年12月)や、「部落解放運動への提言」(2007年12月)を会合で取り上げた。そして、こうした定例の会合の合間に、各地区でのヒアリングを行なうことや、あるいは、次回会合に向けての打ち合わせなど、主に電子メールを利用しての日程調整や意見交換なども行なってきた。

 プロジェクトに集まってきたメンバーの思いは、さまざまである。たとえば、「部落解放運動と自分たちの地区の活動を立て直したい」「大阪市や大阪府の子ども施策をなんとかしたい」「青館事業やこの間の部落解放教育の歴史的な検証をしたい」「識字教室に参加するみなさんと今後、どうつきあえばいいのか」等々の立場があり、何かを論じはじめると、それぞれに意見がちがうところもある。だが、そのちがいがまた、新たな取り組みや発想を生み出す原動力にもなっているように思う。そして、たとえば大阪市人権施策推進審議会の答申や「部落解放運動への提言」の内容、ヒアリングの結果などをめぐって、時にはメンバーの間から行政側に対してだけでなく、今の運動体のあり方に対してもきびしく変革を求める意見が出たこともあった。

 ちなみに、今の私にとって、メンバーのみなさんといっしょに過ごす毎回のプロジェクトの会合が、たとえば「人権とは何か?」「差別とは何か?」「不平等や階層間の格差とは何か?」「人権を守るための運動のあり方、行政のあり方とは?」といった諸問題について考える、とても大切な機会になっている。また、毎回「時間が許せばもう少し議論を延長したい」と感じることや、あるいは後述のように、「3年と期間を区切ってプロジェクトをスタートさせたが、やはりもう少し期間を延長したほうがいいのではないか」と思うこともしばしばである。

次々に見えてくる課題にどう取り組むか?

 ところで、前述のとおり、私としては、このプロジェクトは開始当初から「3年間という時期を区切って活動する」ということを言い続けてきた。今も、その方針は変えようと思っていない。その理由は、主に2つある。

 1つは府下のある青少年関連施設の職員の方から、「子どもは3年もたつと、生活環境の変化をうけて、がらっと様子が変わる」ということを聞いていたこと。2つめは、「3年たつ間に、次々に各地区の子どもや若者、住民の課題が噴出してきて、このプロジェクトからさらに別のプロジェクトなどを立ち上げないといけなくなるだろう」と思ったこと。この2つの理由から、まずは当初3年間と期間を区切ったプロジェクトにして、3年たった段階で課題を整理しなおし、その整理しなおした課題ごとに新たなプロジェクトを立てていけばいいのではないか、と考えたのである。

 しかし、実際に1年近く活動を続けてくると、もうすでに今の段階で、次々に新たなプロジェクトを立ち上げたほうがいいのではないかと思うくらいに、いくつかの課題が見えてきた。その課題を整理すると、後述の4つになる。これに、「当初3年」の予定で、今後も継続して行う各地区の現状把握の作業を入れると、実質的には5つ、私たちのプロジェクトには検討課題があることになる。

1.青館事業の歴史的な検証

私たちのプロジェクトの成り立ち上、大阪市がどうしても中心になるが、1970年代から今日まで続いてきた青館事業の歴史的な検証作業、これを行なう必要がある。それも、解放子ども会の頃からの部落解放教育の歩みや、同和施策や人権施策、青少年施策、社会教育・生涯学習施策のあり方、子どもの活動を切り口にした地域コミュニティ形成のあり方など、多様な視点から行なう必要がある。そして、過去30数年にわたる青館事業の成果の何を今後に活かし、何を整理するのか。私たちの側から意見を出していく必要がある。

2.最近の行財政改革における人権施策・青少年施策などの動向の把握

これは前号掲載の拙稿で提起した課題ともつながるが、今、国レベル・地方自治体レベルでどのような人権施策・青少年施策などが展開しているのか。そのうちのどれが私たちの活動にとってプラスになるもので、どれがマイナスになるものか。こうしたことについて、地道に情報を集めて検討する作業が必要である。

特に私たちのプロジェクトの場合、大阪市・大阪府の行財政改革の動向と、その下での青少年拠点施設の位置づけなどについての情報収集・検討が重要になる。また、人権文化センター・隣保館などの改革動向も視野に入れた対応が必要になる。

3.各地区の拠点施設のユニークな取り組み事例の収集、検討

私たちのプロジェクトについていえば、たとえば大阪市内・府下の人権文化センター・隣保館、青少年交流センターなど、多様な名称で設置されている各地区の拠点施設で、どのような特色ある取り組みが行なわれているか。あるいは、他の都道府県所在の拠点施設におけるユニークな取り組み事例の検討。こうした地道な作業も、あとで述べる4.の作業との関係において重要である。

4.各地区における学習・文化活動、青少年育成活動のあり方の検討

1.-3.の作業をふまえて検討を積み重ねていけば、青館条例廃止後の大阪市内各地区における青少年活動や学習・文化活動のプランが、過去に蓄積してきたノウハウや他地区での取り組みなどをふまえつつ、今の状況に合った形で、かなり具体的に創り出せるのではなかろうか。

そして、今、4つの課題を整理して提示したが、これらの課題からさらに枝分かれした細かい諸課題がいくつか出てくる。また、大阪市内の旧青館所在地区も12カ所あると、それぞれに地区の状況が異なっているから、そのちがいに応じたプランづくりも必要になってくる。

このような形で、私たちのプロジェクトは「やればやるほど、次々に課題が見つかる」というプロジェクトなので、議論や作業が尽きない。ということは、前述のとおり、「3年たったら課題を整理して、あらためて課題別にプロジェクトを立ち上げ、再スタート」ということを視野に入れなければいけない状況に、今、私たちは直面している、ということである。もちろんの課題を、私たちのプロジェクトとは別の観点から取り上げ、検討を重ねていただけるグループ・個人が現れることは、大変ありがたいことである。

課題は「教育」の枠を越える

予定の紙幅がそろそろつきそうなので、最後にあらためて述べておきたいことがある。

今、私なりに4つの課題を整理して提示したが、これらはいずれも「地域コミュニティ形成」という視点に沿って、教育・福祉などの多様な領域を横断する形で浮上してきたものである。したがって、たとえば学校教育・社会教育(生涯学習)・福祉・人権施策などの各個別領域「だけ」を見ていたのでは、今、私たちのプロジェクトが直面している諸課題には対応できない。むしろ当面は、各地区で見えてきた諸課題を領域横断的に検討し、総合的な施策提案へとつないでいくこと、たとえば「○○地区の人権のまちづくりプラン」のようなものにまとめあげていくことが必要であろう。

当初は「今まで青館で出会ってきた人びととのつながりを切りたくない」「条例廃止後もそこに暮らす人びとがいる限り、何かできることはないか」ということではじめたこのプロジェクトであるが、そのなかで見えてきた諸課題は、本稿で述べてきたように、大きくて根が深い。また、今はまず、その見えてきた諸課題を整理し、多くの人びとで共有することが大事な時期ではなかろうか。今後も引き続き、この連載ではほかのメンバーにも執筆をお願いして、私たちのプロジェクトからの情報発信を続けていくことにしたい。


1 2004年度から大阪市が青館を実施場所としてスタートさせた、たとえば不登校や「障がい」のある子どもなど、課題のある青少年とその保護者などへの相談と居場所づくりを中心とした事業。現在もこの事業は、大阪市こども青少年局の事業として「全市展開」する方向で実施されている。

2 拙稿「大阪市の青少年会館条例廃止は各地区に何をもたらしたか?」『ヒューマンライツ』第236号、2007年11月。

3 拙稿「青少年会館条例廃止後の大阪市内各地区の取り組みの現状と課題」『部落解放研究』第179号、2007年12月。