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部落解放・人権研究所編『部落問題人権事典』より)
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【部落解放教育】

 部落差別をなくし、部落内外の人々が部落差別から解放されるような社会をつくろうとする教育を指す。1960年代以降,〈部落解放の教育〉〈部落を解放する教育〉の用語とともに,主として部落解放運動の側が,積極的に使うようになった用語。略して〈*解放教育【かいほうきょういく】〉という用語も定着していくが,その場合は,部落解放を中心にした他の社会的諸差別からの解放をも含む広義の意味に使うことがある。この用語が成立した背景には,まず〈*同和教育【どうわきょういく】〉が,太平洋戦争突入後,〈一億一心〉〈聖戦遂行〉を強調し,侵略戦争に加担した〈負の遺産〉を負っていたために,敗戦後,内容的に区別し,再定義する必要性を生じさせたことがある。1946年(昭和21)に結成された*部落解放全国委員会は,同年開催した部落解放緊急全国大会において,〈学校教育の根本的改革,特にその教授内容に重大な関心を払わなければならない。従来行なわれてきたいわゆる同和教育を徹底的に再編成し,人民解放の精神に基く民主主義教育の徹底によって,部落問題の解決を促進するような教育内容を採り入れしめることが必要である〉と提起していた。だが,学校教育においては,一部の府県で〈*責善教育〉〈*福祉教育〉〈*民主教育〉などの呼称が用いられたが,いぜん〈同和教育〉が支配的であった。50年に,*盛田嘉徳は〈*人権教育【じんけんきょういく】〉と称すべきだと提案したが,広がらなかった。こうした状況は〈同和〉が行政用語として一貫して使用され,また学校教育関係者も,戦前の〈同和教育〉の水準を超えるものを持ち合わせていなかったことによるものであろう。

 60年代半ばより〈部落解放教育〉が意識的積極的に用いられるようになった。その契機として、65年の*同和対策審議会答申がある。答申は同和教育の推進をうたっていたが、そこにおいては〈教育の中立性〉を守るべきことや〈教育と運動〉を明確に区別すべきことが繰り返されていた。部落解放運動との連携を排除するかたちで同和教育、つまり差別しない心がけを育てようとする教育が構想されていたのである。50年代より政府・文部省は、戦後の教育改革の路線を転換し、教育に対する国家統制を強めつつあった。そのうえ60年代に入ると高度経済成長を支える*能力主義教育政策を推進しはじめた。

 それらにより、60年代半ばになると受験競争が激化し、部落の子どもをとりまく状況はよりいっそう厳しくなろうとしていた。部落解放運動にとってこのような答申や政府の文教政策は認め難かった。義務教育教科書無償制や教育扶助などを運動の力によって実現してきた部落解放運動や同和教育運動にとって、子どもたちの学習権保障のためにはいっそう教育と運動を結合すべきだという認識があったのである。同和教育という言葉を使っている限り、結局心がけの問題にすり替えられ、運動と教育の結合という原則が否定される。そこから部落解放教育という、より正確な名称を使おうという声が広がった。

 75年になると、以上のような経緯をもつ部落解放教育の主要な原則が、次のようにまとめられた。その第1は,部落解放運動との結合である(*識字運動に代表されるように自己教育運動として発展してきた)。解放運動と結合しないで,部落の完全解放を担いうる民主的な人間を育てあげることはできない。第2は政治との結合である。教育は中立ではありえない。しかるべき政治的勢力や政治的内容を、教育の論理に編みかえて推進すべきである。第3は,実生活・労働との結合である。部落の民衆,親と子の生活史・労働史・生育史に刻みこまれた部落差別の現実と解放への要求に根ざさないで,社会権としての*学習権を保障することはできない。また近代学校の差別的体質を克服することもできない。第4は,教育目標として、自己の社会的立場の自覚を求めることである。第5は、基本的人権、とくに社会権としての学習権という立場に立つことである。現代社会では、教育は市民の自由という性格以上に、社会で生きていくために不可欠な社会権という性格を強めている。第6は、集団主義という方向性を明確にもとうとすることである。

 部落解放教育における集団主義とは、集団を個に優先させる考え方ではない。部落解放運動の闘いの論理に根ざしたものであり、すべての人の人権を土台に据えた考え方である。第7は,反戦・反核平和と*国際連帯の運動との結合である。反差別共同教育への取り組みは,在日韓国・朝鮮人問題をはじめ,南北問題に目を向け,国際的な人民連帯を強めようとしている。第8は、部落解放教育は一般的な*民主主義教育と深くかかわりつつもそれに解消してはならないという原則である。

 その後90年代に入って、部落解放教育は、人権教育との関連を以前よりも強く意識しつつ展開されるようになっている。市民活動と学校教育などの公教育との連携は部落解放教育以外においても称揚されるようになっている。部落解放教育運動が築き上げてきた原則を土台に、今日的な教育運動を幅広い連携のもとに展開していくことが求められている。

 また、今日的課題としては、たとえば、部落の子どもたちに対する*学力保障がある。長年にわたる取り組みであるにもかかわらず、今日に至るも〈低学力傾向〉は克服されていないのであるが、80年代中ごろから、各地でこの課題に焦点をあてた同和教育総合調査が実施されるようになった。その結果をもとに、低学力傾向の克服をめざす〈授業改革〉を中心にした学校改革の問題、地域の親や家庭の教育力の問題、そしてこの両者の有機的な連携の問題等が改めて共通確認されるようになった。そして、地域ごとに共同の営みのための教育組織がつくられるところも増えつつあり、部落解放教育の新たな展望が開かれつつある。

参考文献=解放教育計画検討委員会「解放教育理論の豊かな創造をめざして――解放教育計画検討委員会第1次報告」(『部落解放』79号,1975)/鈴木祥蔵・第二次解放教育計画検討委員会編『地域からの教育改革』(解放出版社,1985)/小沢有作『部落解放教育論』(社会評論社,1982)/解放教育研究所編『解放教育のグローバリゼーション』(明治図書,1997)

(桂 正孝、中野陸夫、森 実)