Home部落問題入門最近の差別事件2002年 > インターネットによる差別事件

 インターネットによる差別事件については昨年版(2002年版)同様、この問題に詳しい三重県人権問題研究所・反差別ネットワーク人権研究会の田畑重志さんに分析等をお願いした。以下、それを紹介する。

はじめに

 インターネットにおける差別事件は、大阪や三重、奈良などそれぞれの地方自治体単位でも報告があげられてきており、その中身がきわめて現実の問題と密接に関係してきている傾向にある。

 例えば三重県のある市町村においては、地元高校の卒業生の差別的な書き込みがみられ、あらためてこれまでの同和教育・同和行政のあり方が問われている。そしてこのことはまた、「仮想空間」ということで単純に「現実空間」と切り離して考えることはできない状況にあるといえる。

 そして残念ながら、全国的にこの問題を取り上げようとした場合、ほとんどが単発化していることが多く、継続して取り上げていこうという動きがまだ活発でないのが現状である。

 このような状況に対して、一方で差別の現状や人権侵害の実情をふまえながら、人権情報の発信という、反差別のインターネット利用をすすめていかなければならないことはもちろん、学術的および専門的、運動的にも問題解決のためのさまざまな手段を構築していく必要性を感じている。

 今回の分析では、こうした現状をふまえながら、とくに今日の問題点を把握するとともに、問題解決のための手段の一案を記しておきたい。

(1) 実態分析

 2002年1月から12月ならびに2003年1月から3月までの筆者への報告件数は259件で2001年度より約20件ほど減少している。しかし、奈良県人権・同和問題啓発連絡協議会のインターネットと差別問題プロジェクトがまとめたいくつかの差別掲示板の中で、奈良県に関係する1回の差別書き込みを1件として数えた調査では、奈良県にかかわる差別的な書き込みの件数が1400件以上にのぼり、個々に書き込まれる件数そのものは増加している傾向がある。これは奈良県に限らず関東地域、近畿・東海など全国的な傾向で、三重県の場合ではいわゆる未指定地域とされた被差別部落がイニシャルで掲載されるなどのケースもある。

 とくに奈良県では、地名リストや裁判所広報記事などによる部落の地名の特定など悪質なケースが横行している。これらを一つのプロジェクトとして解決していくための方法を模索しようとしている奈良県の取り組みは評価に値する。これからの課題としては、全国的なネットワークの展開などであろう。

 筆者が集約した報告件数をみると、259件のうち「2ちゃんねる」にかかわるもの132件、「Yahoo掲示板」30件、「不動産郷土史研究」など地名リスト専門の掲示板85件、その他12件である。それぞれの内容をみると部落問題については、170件の報告のうち地名リストに関わるもの75%、同和行政などにかかわるもの10%、その他15%であり、地名リストに関わるものが多くなっている。

 障害者問題、在日韓国・朝鮮人問題などその他の差別については89件あり、とりわけ「拉致問題」以後、在日朝鮮人に対する差別書き込みが増加している。

 また、2002年度には被差別部落内の市営住宅などが写真付きで紹介されたりしており、今後の早急な対策が望まれる。さらに、人権にかかわるホームページに紹介されている過去の劣悪な環境化にあった被差別部落の当時の様子をおさめた写真がリンクされ、逆に地名の特定のために利用されるなど目的外利用のケースも発見されている。このようなリンクは最近では「ディープリンク」と呼ばれ、意図しないところで使用されることに対して著作権の関係で訴訟になるなど、インターネット全体の中でも増加してきている。

 著作権違反、肖像権違反などについては現行の法で対処できる事例はあるものの、その方法論などが十分に普及されていないため、問題解決が遅れていることがある。今後は、人権情報を含めて情報を流す当事者がIT関連の法律についてしっかりと学習していくことも大切である。

 今回、『解放新聞』全国版、『解放新聞』都府県版の記事などに記載された内容でとくに注目したいのは公務員、しかも人権啓発を進めていくべき担当者が差別メールを発信していたという和歌山市の事例である。この事件に関しては、単に担当者のみならず全庁をあげてのインターネット利用に関する学習機会を、和歌山市のみならず各市町村単位でつくっていく必要性を感じる。

 このようなメールによる差別事象は今後増加していく傾向があるだろう。

 対処方法としては、メールなどの場合にはインターネットのホームページと違って特定の人物団体に出されていることや、「プロバイダー責任法」に基づいて人物特定は可能になっている。しかしながら、アメリカのサービスなどを利用したメールなど悪質な事例が増加する可能性もあり、対処方法についての具体的な検討が焦眉の急である。これまでに実際に報告された差別ページの中にはアメリカ、台湾などの海外サイトの利用も増加しており、引き続き注意深く見守っていかなければならないだろう。

 2001年度まで地名リストサイトの一つとして出ていた、「いちごびびえす」「部落問題大辞典編集用掲示板」などは幾度もの掲示板管理会社とのやりとりの末に削除されたりしたものの、削除だけでは啓発につながることはなく、再発防止にならない。そういう意味では、掲示板管理会社など運営側への取り組みもより強化していく必要性を感じている。とくに「部落問題大辞典編集用掲示板」は、「1、2、3」と幾度も類似のものがだされ、差別的な内容が引き継がれており、地名リストが公にされるなど、身元調査への利用の危険性が危惧されるものであった。

(2) 傾向分析

 2002年度の傾向として、先に紹介した差別メールや「特定した個人、団体にあげたもの」「地名リスト、地区の写真画像などの増加」があげられる。

 いわゆる「2ちゃんねる」型の掲示板を中心とした地名リストはいまや全国的になっており、『部落地名総鑑』事件を個人レベルに共有しあっているかのような形態を示している。またデジタルカメラなどの普及によって、ホームページ上に簡単に地区の公営住宅の写真を出し、こういうところが部落の住宅であるといったものまであらわれるなど、文字、地名主体であったものが画像までに広げられ、より詳細な情報が出されているケースがあとを絶たない。

 このような写真主体のものは、これまでは猥褻写真や障害者差別などが主であったが、住宅地の写真をとるといった新たな形態があらわれていることに注意する必要がある。

 今回紹介している差別事件の中に「MX」という単語が出るものがある。これは「WINMX」という、個人個人で例えば写真やさまざまなソフトをやりとりするためによく使用されるソフト名なのであるが、最近ではその使用目的に違法性があるものが多いことから懸念されることも多いものである。

 2002年に住民基本台帳ネットワーク、いわゆる住基ネットが開始されたが、すでに一部市町村のシステムに侵入し、被差別部落住民だけをリストアップしたものがつくられ、この「MX」を使用しやりとりされているなどの未確認情報までまことしやかに流れている。実際にこのようなソフトを使用してやりとりされていくと、表面にすら出ないことにもあり、より潜在化していく可能性も高い。

 現在のところ、このような事例は報告されていないものの、掲示板に出された地名リストから身元調査に利用され結婚が破談になったなどの報告やインターネットの地名リストで自分の地域が被差別部落だと知り悩んでいるといった相談などもでている。

(3) 対策と課題

 現在部落解放同盟では中央本部をはじめ、いくつかの都府県連でホームページが作られており、部落差別撤廃に向けた情報発信がなされている。

 さらに都府県レベルにとどまらず、支部単位でも作られているところもあり、そういう意味ではホームページは有効な人権情報の発信手段のひとつとなっている。

 しかしながら、同時に大阪府の2000年調査でも明確になったように、同和地区におけるパソコン利用率、インターネット使用率の低さは依然解消されているとはいいがたい状況にあり、今後、情報対策は「人権情報の発信」「インターネット利用やパソコン利用などIT関連の情報弱者の問題の解決」「差別事例への対処」といった三点にとくに注がれなければならないだろう。

 また高等学校の科目の中に「情報」の時間が追加されたが、このなかに人権の視点を取り入れたメディア・リテラシーの教育に重点をおいていく必要もある。

 しかしながら問題点として、例えばインターネットへの対処そのものは非常に多くの事例があることから簡単ではなく、また情報弱者対策にしてもそれぞれの都道府県の事情により速やかにできるものではないだろう。

 そのためには実質的なインターネットに対する苦情処理の窓口をより充実させることや教宣活動の一環とした人権情報発信のための学習会などをホームページの作成方法とともに行っていく必要も感じている。実際において、大阪府の地域人権協会の取り組みでは、こうした学習会的な取り組みが行われるなど、情報発信とともに差別問題への対処、問題点などの学習が若い世代を中心に行われている事例もあり、今後は青年層にむけた取り組みが差別撤廃にむけた取り組みの一つとして有効になるものと期待できるのではないだろうか。

 現実の問題として、現在の差別ページと呼ばれるホームページの数々は、若い世代の書き込みがやはり多く、その職種層は多様であるものの、逆にこうしたページに対処するためにも被差別部落内の青年層がこうした問題に取り組んでいくことは有効な手立ての一つになるといえる。

 また、同盟員など個人レベルで人権に関するホームページを作っているケースも多くみられているが、このような個人レベルでの取り組みをネットワーク化していく必要性と、より一層支部、都府県連などとの情報交換や交流を深めていく必要を感じている。

 「情報」という科目の追加により、インターネットは、これまで以上に普及し、使用者も増加していく傾向にある。

 それだけにさまざまな人権団体とともにこの問題に対する対処方法や根本的な啓発方法、などを反差別の視点から広げていくことの意義は大いにある。

 今回本書に収録されている差別落書き、差別発言の事例とインターネットに書き込まれた差別の事例は似通うものが多々あり、「2ちゃんねる」などのページで同様のものがだされていると感じたものが多かった。インターネットにおける差別に対して早急に効果的な手段を講じる必要性を感じている。