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■インターネットによる差別事件

 インターネットによる差別事件については、昨年度版同様、この問題に詳しい反差別ネットワーク人権研究会代表の田畑重志さんの分析による。

 

 (1)はじめに

 インターネットによる差別事件は2003年度版でも書いたように、各都府県、市町村、学校などさまざまな場で問題となっている。同級生が加害者とされる2004年6月の佐世保小六女児死亡事件では、当事者間でインターネット上のトラブルがあったともいわれ、インターネットの現実世界への影響力が注目されている。しかし、これらインターネットに関わる事件が、単に個人の「心の問題」として考えられ、社会的意識に由来するという捉え方が弱いようにも思える。

 今回、大きなものとしては、部落地名総鑑がインターネットを利用して配布されるという事例があった。内容的には稚拙であるものの、インターネット上で今まで見られたさまざまな情報を集約し配布したもので、被差別部落の地名が情報として提供されたり、ネット上の会話の「ネタ」として紹介されたりしている現状は、単に配布した個人の差別的な「心の問題」ではなく、「同対審」答申後40年近くたった現在もなお人権意識調査などに見られる若年層の人権問題への無関心さといった社会的意識として捉えるべきではないだろうか。

 全国的に見ても、この問題を継続してとりあげていこうというところがまだ多くない現状は、残念ながら前回からほとんど変わっていない。今回も、現状をふまえ、緊急性を要する課題への取り組みの試案を述べておきたい。

 

 (2)実態分析

 2003年4月から2004年3月までのインターネット上における差別事象に関する筆者への報告は、都連などに送られた連続差別投書と似通ったメールも含めて347件であった。前回報告が二五九件であったことから見て、八八件増加している。特に「2ちゃんねる」など大型掲示板での事例が増加し、ほかにも「不動産郷土情報」なるインターネット上の部落地名リストを書き込むための掲示板などの存在が多く見られた。「2ちゃんねる」「megabbs」「yahoo」などの大型掲示板が223件を占め、部落地名リストの掲示板105件、兵庫県連で取り組まれた事例10件、「現代特殊民話」なる現代のさまざまな噂を集めたもの6件、東海掲示板など地域情報の中での差別書き込みなど3件となった。

 前回報告件数259件と比較すると、「2ちゃんねる」「yahoo」に関して162件から61件の増加、「不動産郷土史研究」など地名リスト専門の掲示板が85件から20件の増加、その他7件の増加は、「黒川温泉問題」に関わるハンセン病回復者に対する差別や長崎男児殺害事件当時の個人情報の書き込みなどが著しい。それぞれの中身を見ると、部落問題に関わるものは347件中169件で、内訳は地名リストに関わるもの62%、同和行政批判などに関わるもの5%、個人に対する誹謗22%、在日韓国・朝鮮人差別との複合型が5%、その他6%である。前年度に比べ部落地名リストの報告が比率のうえでやや減少しているが、実際には報告内容のばらつきがみられるだけで地名リストの多さは際だっている。

 障害者問題、在日韓国・朝鮮人問題などその他の差別が前年度89件に対して133件あり、特に「拉致」問題以後の在日コリアンに対する差別書き込みの増加は2年連続で増加傾向にある。

 前回、被差別部落内の市営住宅などが写真付きで出されるなどの新たな問題が出てきたが、今回の「新・地名総鑑0.05版」などは誰もがダウンロードして見られるようにして地名リストがばらまかれ、誰が見たかは更に特定できない。

 今回、解放新聞中央版、都府県連版などによれば、各都府県連に届いた連続差別投書の内容とインターネットでの書き込みが酷似している場合があることがわかった。これらは同一人物によるものとはいえないが、インターネットを利用しない者が投書で、インターネット利用者が掲示板などで同様の内容を書いていることに留意したい。例えば差別投書を出すような人物が、インターネットでの書き込みに変えた場合、人物特定などは更に難しくなる。過去に駅などで差別落書きを繰り返していた人物が、インターネットで書き込みを始めているケースも実在する。

 今回「不動産郷土情報」「megabbs」「飴蔵にぃちゃんねる」などに出された地名リストから実際の身元調査に使用されたケースは幸い報告されていないものの、差別的な内容が身元調査に利用される危険は未だに消えていない。

 

 (3)傾向分析

 2002年度からの傾向として、差別的なメール、「特定した個人、団体にあてたもの」、「地名リスト、地区の写真画像」などは依然として増加している。

 近年、「2ちゃんねる」型掲示板は誰もが簡単に作成でき、その多くは似通った内容である。そのなかで地名リストは、地区指定を受けていた地域に限らず未指定地区の情報をも収集・提供し、その範囲は全国に広がっている。かつての部落地名総鑑事件は興信所がいくつもの類似したリストを作成し、企業などに販売したものであるが、現在では個人レベルで作成され、共有されている。このような形態では本人に「ネタ」を提供しているかのような感覚しかないことが多く、啓発効果をねらい、やめるように書き込みをしても反応が見られない場合が多々ある。

 地名リストに関する事例については、都道府県市町村単位で字まで詳細に情報提供されているものが多数であり、また今回、解放新聞に取り上げられた兵庫県のケースでは市議会議員や市職員への誹謗中傷など個人を特定していることは、憂慮すべきであるといわざるをえない。また、昨年度同様にファイル共有ソフトを通じて、差別情報を共有するためのネットワークができつつある。このような事態が進めば、より潜在化していく恐れがある。

 

 (4)対策と課題

 現在では、部落解放同盟のサイトをはじめ多くの人権サイトで人権情報の発信が行われており、年々充実してきている。

 しかし、同時に大阪府の実態調査でも明確になったように、部落の住民自身が反差別の情報発信をめざすという観点からは、被差別部落におけるパソコン、インターネットの利用率の低さを解消するために地域的な取り組みはなされているものの、全体では弱いといわざるをえない。今後の情報対策は「人権情報の発信」「インターネット利用やパソコン利用などIT関連の情報弱者の問題の解決」「差別事例への対処」といった3点、および兵庫の事例のように「救済」といった点にそそがれなければならない。

 佐世保の小六女児死亡事件以後、さかんにメディアリテラシーの教育がいわれてきたものの、その中には人権尊重の理念が含まれていなければならない。

 また、マニュアルの作成が望まれてもいるが、さまざまなケースへの対処方法が必要であり、今回のように海外のサーバーが利用されている場合などは国際的に取り組む必要もあることから、簡単ではない。しかし、IMADRなどの団体の協力の中で取り組みを進めていくことが大切である。事実、IMADRや部落解放同盟の取り組みの成果でもある国連人権小委員会の決議文などを利用し、このような海外サーバーに連絡して問題のサイトが削除されたこともあり、難しいとはいえ不可能ではない。

 インターネットに関わる実質的な苦情処理窓口を例えば解放同盟内に設け、情報対策とともに人権情報発信のための学習を進めることは有意義だといえる。大阪、奈良、香川などでインターネットの問題に取り組む組織ができていることからも、まずは窓口を設ける一方、そのような団体・窓口が全国的なネットワークをつくり、差別する側のネットワークに対抗することが必要であると考えている。これらの窓口では、こうした問題に取り組むことになる被差別部落の青年層、また人権・同和教育、同和行政にたずさわる人々が中心となる必要がある。

 同盟員など個人レベルで人権に関するホームページを公開しているケースでは、それぞれの管理者が各自の掲示板内でのやりとりを通じて、インターネット上でネットワーク化している現状がある。今後こうした個人レベルでのネットワークが、草の根のネットワークとして活動を継続していける体制づくりの必要性も感じている。

 インターネット利用者が急増しているここ数年の流れ、差別投書からインターネット上での差別情報発信に移行する可能性などを考えると、インターネット上の差別を、単にインターネット利用にのみ関わる問題や、社会啓発における特別な問題とするのではなく、市町村レベルで継続して学習する必要性を感じている。

 今までも地名リスト・サイトなどは掲示板管理会社とのいくどものやりとりの末削除されてきたが、削除される前に広まってしまう現実もある。今回の「新・地名総鑑0.05版」の事例からは、単に本人への啓発だけではなく、掲示板管理会社も含めて、企業啓発や匿名性に対する考え方を整理する必要性があり、また、不特定多数に配布される現状からは、運営側に加えて学校単位での取り組みなど、今後の利用者層への取り組みを強化するとともに、人権団体、教育、行政といったさまざまな分野で、より一層インターネットを利用した問題解決を進めていかなければならないといえる。

 さらに、今までにも著作権法違反、肖像権法違反など現行法で対処できる事例はあったが、今回のような地名リストの配布は、部落差別を禁止し救済するための法律が存在しない現行法のもとでは、問題解決の遅れが懸念される。今後IT基本法の改正などによって人権尊重の理念を組み込むなどの必要もあるように思える。